「落ちゆく巨星」秀吉の暴走…そのとき官兵衛は?



 
大河ドラマ「軍師官兵衛」も
気付けば44回目の放送ですが
そろそろ巨星秀吉が危ないですね。

晩年の秀吉は暴走気味になって
誰にも止められない状態でした…
 
 

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秀吉の暴走

文禄・慶長の役(朝鮮出兵)は
1592年(文禄元年)~1593年(文禄2年)と

1597年(慶長2年)~1598年(慶長3年)に
行われた日本VS明・李氏朝鮮連合軍の
16世紀における世界最大の戦争です。

文禄・慶長の役

秀吉は人生の晩年
誰の言うことも聞かなくなって
自分の考えを押し通すようになります。

 

数あるゴリ押しの中でも
もっとも有名な
文禄・慶長の役(朝鮮出兵)

 

秀吉はなぜ朝鮮半島
出兵したのでしょうか?

 

考えられる理由は…

 

1.大陸への進出は
先代の信長からの野望である。

 

2.天下を統一したため
論功行賞で与える知行(土地)がない。

 

3.秀吉がやると言ったから
引っ込みがつかなくなった。

 

大まかに言ってこの3つが
出兵の理由だと思います。

 

僕が考えるに
1の信長の野望説は
正直言って旗印にしただけでしょう…

 

実質的には
2の土地がないと言うことが
出兵の大きな理由と考えます。

 

与える土地がなくては
御恩と奉公のバランスが崩れて
封建体制の崩壊が訪れます。

 

なので、広大な大陸に
与える土地を求めるのは
とても分かりやすいですね。


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しかし、明(中国)は広いですし
仮に朝鮮半島を手中にしても
戦局は泥沼化します。

 

大陸の奥地に兵を展開されれば
遠征軍である日本軍は
あっと言う間に補給が難しくなります。

 

このことは
後の世の日中戦争や
ベトナム戦争をみても明らかです。

そのとき官兵衛は?

当時の日本にも
優秀な武将は多かったので
出兵に反対した武将もいました。

 

もちろん官兵衛も反対しましたが
あわや切腹というところで
蟄居(ちっきょ)で許されています。

 

結局、官兵衛も
海を渡って参戦することに…

 

当時の秀吉はすでに高齢で
自分の考えをゴリ押しする状況でした。

 

千利休は秀吉に意見したため
切腹を命じられたほどです。

秀吉と利休

まさに大暴走状態!

 

その秀吉も時の流れには勝てず
慶長3年にこの世を去ります。

 

そして日本軍は朝鮮半島から
撤収することになりました。

まとめ

今回は、大河ドラマ軍師官兵衛の
第44回「落ちゆく巨星」について
記事を書きました。

 

文禄・慶長の役(朝鮮出兵)は
土地の獲得を目的とし
秀吉のゴリ押しで行われたのでしょう…

 

偉くなると人の意見に
耳を貸さなくなるんですかね?

 

そのとき官兵衛は…
意見はしましたが、聞き入れられず
結局は参戦して海を渡りました。

 

大河ドラマでは
どのように描かれているんでしょうか?

 

11月2日(日)の放送が楽しみです!

 

事前にもう少し歴史を確認して
放送に備えたいと思います。

 

では、この辺りで失礼します。

 

※次に読む記事は
関ヶ原の紅葉は鮮やかです!

 

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