黒田官兵衛が幽閉された有岡城とは?「空港の町」で起こったこと



 
今から約436年前、黒田官兵衛が
現在の兵庫県伊丹市にある有岡城に
幽閉(ゆうへい)されたことが
ありました。

これは織田信長の中国攻めによって
さまざまな場所で起こった
ドラマの1つです。
 

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幽閉の地は伊丹

1578年黒田官兵衛は
有岡城に幽閉されました。

有岡城

この話は
摂津国や播磨国の諸豪族が
一旦は織田信長に従ったのものの
反旗を翻すチャンスを
狙っていたことからはじまります。

 

歴史の1コマに「有岡城の戦い」
ありますが、この戦いで
摂津国、播磨国の諸豪族は
最後の意地を見せたのです。

 

その意地が
黒田官兵衛の幽閉に発展して
戦いは泥沼化して行ったのでした。

 

当時の織田氏(信長)の勢いは凄まじく
中国地方に留まらず、西日本各地で
同じような状況が
繰り返されていました。

 

旧体制をぶち壊す織田信長と
それを嫌う各地の諸豪族は
激しくぶつかり合いました。

 

当時の日本は
室町幕府の権威が地に落ちて
飽和状態でしたので
旧体制をぶち壊さなければ
いつまでたっても
戦乱の世が治まらない状態でした。

 

そこに、常識外れの
第六天魔王
織田信長が誕生して
日本全国を平定しはじめていました。

 

織田信長は
第六天魔王の名にふさわしく
悪逆非道の部分が多々ありましたが
信長でなければ
時代は動かなかったと思います。

 

時代が信長を選び
誕生させたと言えるかもしれません。

 

その信長の偉業を達成するために
豊臣秀吉が誕生して
秀吉を助けるために
黒田官兵衛と竹中半兵衛が
登場したんです。

 

時代が動くとき
必要な人間は現れるんですね…

 

そんな黒田官兵衛だからこそ
有岡城に籠城する
荒木村重を説得しようとして
失敗に終わり
幽閉されてしまったのです。

 

荒木村重にすれば、武士の意地であって
最後の戦いだったと思います。

 

しかし、時代の激流に抗うことは難しく
敗れ去ってしまいました…

 

僕は、荒木村重をはじめとする
信長に敗れ去った
武将たちの意地が大好きで
いわゆる男の美学だと思っています。

 

それにしても
歴史は楽しいです。

 

いくら書いても楽しくて
タイピングが
止まらなくなってしまいます。

伊丹と言えば空港でした

現在の僕は山口県に住んでいますが
かつては、大阪の
枚方市に住んでいました。


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NHKの大河ドラマで
黒田官兵衛を演じている
岡田潤一さんと同じ枚方ですよ。

 

もう37年も前に
なっちゃいますけどね…

 

そのころの関西の空の玄関は
関西国際空港(関空)ではなく
兵庫県の伊丹空港(大阪国際空港)でした。

 

大阪に飛行機で行くには伊丹で

 

いまだに
そう考えてしまうところがありますが
伊丹空港ってどうなったんですかね?

 

ちょっと調べてみたんですが…

 

すみません
存在してました。

 

全然ありましたね
現在も国内線の拠点空港として
バリバリに存在していました。

 

なんだか
嬉しくなってしまいました。

 

黒田官兵衛の幽閉の地が
現在では空港の町になっている…

伊丹空港

なんだかとっても
ロマンを感じませんか?

まとめ

黒田官兵衛と伊丹空港は
全く関係ありませんが
同じ地で官兵衛が幽閉され
飛行機が離発着しています。

 

「夏草や兵どもが夢の跡」

 

松尾芭蕉が読んだ句なんですが
昔、どんなに激戦が繰り広げられようとも
現在は平和にときが流れている。

 

寂しい感じもするんですが
それが歴史です。

 

だからこそ、ロマンがあって
人々を
魅了し続けるんではないでしょうか?

 

歴史って、本当に面白いですね。

 

では、今回はこの辺りで…
またの機会にお会いいたしましょう。

 

追伸:
長かった「軍師官兵衛」も残りわずか…

 

いよいよ秀吉と官兵衛の対立もあり
朝鮮出兵もはじまります。

 

そして秀吉も逝ってしまう…

 

詳しくは
下記のリンクをクリックして下さい!

 

秀吉の暴走…そのとき官兵衛は?

 

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